『蜘蛛巣城』(1958年 日本)
Toho Company Ltd. (東宝株式会社) - movie poster made by Toho Company Ltd. (東宝株式会社, Tōhō Kabushiki-kaisha), パブリック・ドメイン, リンクによる
危険極まりない撮影に驚愕!
夢幻能の様式美を取り入れた幻想的な“右脳系”黒澤作品
今朝の1日1映画は『蜘蛛巣城』(1958年 日本)を鑑賞。
時は戦国時代、武将・鷲津武時(三船敏郎)は、妻・浅茅(山田五十鈴)にそそのかされて主君を殺害し、その城主となるが、朝茅は次は親友の三木義明(千秋実)を殺害するよう強要する…。
黒澤明監督が敬愛するシェークスピアの『マクベス』を戦国時代に翻案して描いた、幻想と恐怖に彩られた人間の業を露にする戦国絵巻です。
いやー、重厚感ありますね。
難し目の言葉だし、セリフが聞き取りにくいので、話の展開の詳細はぼんやりなんですが、その分見た目がバッキバキで、白と黒のコントラストが強く、見終わった今でも脳内にシーンの数々がよみがえる。
黒澤映画って、左脳でストーリー展開を追うのではなく右脳で全体像を感じ取る雰囲気がありますね。
言葉ではなく、映っているものからその要素を紡ぎ取っていく感じ。
前半で、森の中で霊のようなおばあさんが糸を紡いていて、あれは蜘蛛の巣の糸を紡いでいるようでもあるんですが、見ている我々に映画のカットカットを紡いで全体像を捉えなさいっていうことでもあるのかな、なんて勝手に想像しています。
映画ざっくりとした教訓としては、
人間は他人の言動に影響を受けやすく、権力を手に入れると守りに入り、その座を脅かす人に対し疑心暗鬼になりメンタルやられる。
みたいな感じでしょうか。
いつの世もそうで、16世紀に生きたシェイクスピアの物語の構成が、現代の『スターウォーズ』などのハリウッド映画の基本としていまだに受け継がれているのは、人間の根源的・本能的な部分を描いていて、それらは普遍的だからだということを思い知らされます。
それは日本の8世紀から続く能についても同じですよね。
西洋を東洋に置き換えてもその根源的・本能的部分はそんなに変わらないという。
映画の技法としてはシンメトリーな構図、雨や霧、砂埃などを使ったファンタジーな雰囲気の演出、画角が狭く紙芝居のように切り替わるスライド・トランジション(カットつなぎ)によってリズムと客観性を持たせる、場面の響きを取り入れた臨場感のある声、動物を恐怖の存在として入れ込む、主人公の威厳を見せつける圧倒的なエキストラ数などなどいろいろあるんですが、一番驚いたのは矢のシーン。
マジで狙って撃ってますよね?
ウィリアム・テルの、頭の上のリンゴを打ち抜くっていう図がありますが、あの数十倍の矢が自分に飛んでくるって想像できます?
今時だったらCGとか使えますけど、当時は命がけので撮影ですわ。
仕掛けはあるっぽいんですが、完ぺきには安全は確保されていなかったようで、三船敏郎さんは後日酔った勢いで散弾銃を持って黒澤監督の自宅前まで押しかけたというエピソードも。
ほんと、映画俳優って大変なお仕事ですね。
右脳をフル回転させられるのを楽しむ黒澤映画を今後もいろいろ見ていきたいと思います。
↓予告編
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