『生きる』(1952年 日本)
Courtesy of Toho (c) 1952. - リンクによる
本作をリメイクしたイギリス映画が今秋公開予定。
人生のあり方を教えてくれる名作に見る3つの要素。
今朝の1日1映画は『生きる』(1952年 日本)を鑑賞。
三十年間無欠勤の市役所の市民課長・渡辺勘治(志村喬)は、今の日々の仕事にやりがいを持てずただ時間を過ごす日々。
ある時、自分が癌に冒されている事を知る。
暗い気分の勘治に、息子夫婦は冷たい。
街に出て羽目をはずすが、気は晴れない。
そこで事務員の小田切とよ(小田切みき)と出会い、今までの自分の仕事ぶりを反省する。
勘治は心機一転、仕事に取り組むが…。
死に直面した公務員の生き方を通して、人間の真の生き甲斐を問いかける黒澤明監督による人間ドラマです。
以前映像文化ライブラリーで見たことがあると思うんですが、ほぼ忘れているので再鑑賞。
年月が経って改めて見ると、主人公の人生が我が事のように響きます。
残りわずかの人生をどうしたらいいのか。
他人にすがっても答えは見つからず、人との交流の中で自分で答えを見つけ、自らの力で行動してこそ充実した人生があるのだということを、この映画は教えてくれます。
映画の作りとしてみると、これがやはり素晴らしい。
テーマが1つではなく、3つは入れ込んであるんですよね。
1つ目は先ほどの「人生の節目」。
主人公に降りかかった難題を、本人がどう受け止め、どう行動するのかという部分。
2つ目は「官僚組織の中で」。
市民のための市役所ですが、その中にも権力構造があり、いったん権力の座につくとその座を死守するために市民の要望をたらい回しにする。
音楽も不協和音が流れ、皮肉を盛り込んだ編集となっています。
3つ目は「死の真相」。
主人公の死後に周囲の人間が彼の言動や行動を推測し、死の真相を探っていくという劇中ミステリーの要素。
観客には冒頭のナレーションによって、主人公が余命わずかと言うことが知らされているので、その「じらし」によって、主人公の死がいつ訪れるのかをドキドキしながら見進めてしまうのですが、それプラス、主人公の死後、死の真相を主人公の周りの人間がどうやって知っていくのかという部分までを、観客に対する「第二のじらし」として入れ込んで描いている。
主人公が自身について考える「主観」、周りの人間から主人公を見る「客観」によって、私たちがどの立場になったとしても共感できるように設計してあり、さらに1人の人間が社会に存在することの意味という部分まで掘り下げてあるんですよね。
1つの要素でも重厚なドラマとなりえるところを、3つの要素を、しかも人生哲学的な側面を入れ込んでいるところが普遍的で、名作といわれる所以だと思い知らされます。
黒澤監督の画作りは絵画のような美的要素があって、それだけで魅せるんですが、主人公の孤独を「群衆⇔独り」、「表情は涙⇔音楽は歓喜」というふうに対比的に描いてあり、そのことによってぐっと主人公の寂しさ、切なさが100倍になる。
主人公は弱っていて声に力がなく、かすれて何を言っているのか聞き取れない箇所もあるんですが(フィルムの劣化もありますが)、それでも十分主人公の気持ちが伝わるのは、セリフの内容を補う演出によるものだと感じます。
それ以上に圧倒的なのは主人公渡辺を演じる志村喬の目力(めぢから)。
目を見開き、瞳をウルウルさせながら1点を見つめる思い込みの表情で(『ゴジラ』での志村喬の演技もそうでしたが)、もうあの目で見られたらロックオンですよ。
終始そういう表情なので、若い事務員の女性とのやり取りで一瞬魅せる笑顔の時は数百倍のキラキラした笑顔になる。
これも対比による効果だなと思いました。
また志村喬さんって目力もありますが、唇も厚いですよね。
人相学的に唇が厚い人は、優しく思いやりがあり、情に厚いタイプ。
市民のために立ち上がる情に厚い市民課長という役どころが、人相学的にもぴったりっていうのがキャスティングとしても秀逸で。
昭和20年代のパチンコ、ジャズバー、ストリップなどの華やかな歓楽街の様子を知ることができるのもいいですね。
帽子、ウサギのおもちゃ、時計、表彰状などの小道具の使い方も心をじんわりさせられます。
主人公にとっての本当の理解者は誰なのかを考えながら、じゃあ、自分にはそういう人がいるのか? などを考えざるをえない、わが身に置き換えて振り返ることができる作品。
人生の節目に見るとヒントになりそうです。
この映画を原作とし、カズオ・イシグロの脚本でオリバー・ハーマヌス監督がリメイクした映画「Living」(原題)が2022年秋に公開予定。
舞台を1952年のロンドンに変えるとどう映るのか、楽しみです。
↓予告編
黒澤明監督作品はこれらも見ました↓katori-nu100.hatenablog.com
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