『酔いどれ天使』(1948年 日本)
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三船敏郎×黒澤明監督の第1作。
名作はいろんな要素がてんこ盛りですね。
今朝の1日1映画は『酔いどれ天使』(1948年 日本)を鑑賞。
ヤミ市の近くの小さな病院。
院長の眞田(志村喬)は愛想は無いが貧乏人ばかり診察する飲んべえの男。
そこへ、眼をギラギラさせた若者・松永(三船敏郎)が、銃弾の傷の手当てのために現れた……。
酔いどれ医師と闇市を支配する若いやくざとのぶつかり合いを通して、戦後風俗を鮮やかに描き出した黒澤監督作品です。
オープニングは、ヘドロの中からメタンガスと思わしきものがプクプクと沸いていて、生活用具などが浮いている汚い沼。
横にバラックに毛が生えたような家が立ち並ぶ。
だけど闇市は活気があり大賑わい。
もうそれだけで、戦後、インフラが追い付かない、生きるのが精いっぱいな人々の暮らしっていうのを感じ取ることができます。
三船敏郎は世間をにらみつけるようなものすごい眼力で、インパクトありますねぇ。
(昔インドに行ったときに、ストリートチルドレンが同じような眼をしていました)
このヤクザの松永役を演じたおかげで、街中で三船を見かけた暴力団員が道を開けてお辞儀をしたというエピソードがあるくらい。
その眼つきだけで、松永がどういう生き方をしてきたかが分かり、とてつもないエネルギーやオーラを感じます。
志村喬演じる町医者眞田も昔気質で、いつも酒を飲んで怒っていて不器用なんだけど、心は優しい。
“バディもの”としては最高のキャラクターの2人ですね。
黒澤明監督作品で悩ましいのが「セリフが聞き取れない問題」。
音声さんの状態が悪いのか、リアリティーを求めた演出なのか分からないんですが、いつも聞き取るのに苦労します。
例えば「人生は〇〇のようなものだ!」みたいなすんごいいいセリフがあるんですが、その〇〇が何度リピートしても聞き取れない…。
ものすごく歯がゆいです。。
なので、想像しながら全体像をつかむ感じで見ています。
この2人の心がだんだん触れ合っていく場面もあれば、誘惑に負けたり、じゃまが入ったりで離れる場面もあって、それが映画としての緩急をとなっていて面白い。
画として印象的なのは「影」。
すだれやブラインドの格子の影やのれんの影が人物を柔らかく照らしたり、後半ではインドネシアの影絵劇・ワヤンで使う人形が出てきて、オルゴールの音色とともに松永の心にそっと寄り添ったり。
闇の世界で生きている松永と、光は当たっているけど医者の世界では日陰の存在である眞田を象徴しているかのよう。
それから、音楽。
ギターが小道具として出てくるんですが、そのエピソードがお話の転換として素晴らしい使い方がされています。
笠置シヅ子の派手な歌のステージ(「ジャングル・ブギー」。スカパラなどのカバーで有名曲)は映画としての盛り上がりがあって。
また、五感を入れ込んだ演出も。
後半に出てくる白黒映画ならではの色による演出、お酒の匂い、傷の痛み…感覚のすべてを刺激してくれます。
それからテーマともいうべき命の循環。
眞田が松永を養生しようと、「生みたて卵」を買うシーンが象徴的です。
魅力的な要素がありすぎて、もうてんこ盛りになってきました。
名作と呼ばれる映画は人生を考えさせられるし、細かい素晴らしい要素がたくさん詰まっていて勉強になりますね。
PS:昨年脚本:蓬莱竜太、演出:三池崇史で舞台化されていたんですね。見たかったなぁ。
↓映画の一部分
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