「自転車泥棒」(1948年 イタリア)
Di Johnny Freak - scatto di scena, Pubblico dominio, Collegamento
素人俳優と思えない素晴らしさ。
「自転車」に父親の自尊心を見る。
今朝の1日1映画は「自転車泥棒」(1948年 イタリア)を鑑賞。
「ひまわり」(1970)のビットリオ・デ・シーカ監督によるネオレアリズモの代表的名作。
盗まれた自転車を取り戻すべく奔走する父子の姿を通し、戦後の貧困にあえぐイタリア社会をリアルかつ悲哀に満ちたタッチで描き出しています。
これまで勉強のためにハリウッド系の映画をたくさん見てきたんですが、第2次世界大戦後の作品でもアメリカは戦勝国なので、戦後の貧しさをあまり感じませんでした。
一方イタリアは敗戦国なので、日本の戦後と同じ貧しい感じがありますね。
自転車って当時のイタリアの庶民にとっては高級品かつ必需品。
自転車がないと仕事にならず、父親は妻や小さな子供を養うことができない。
この映画では「自転車」を「父親」を象徴する小道具として登場させ、それを何とか探して見つけ出すこと=父親としての自尊心を取り戻すこととして描かれています。
観ている我々が心を動かされるのは、その父親の心理が痛いほど伝わるからなんですよね。
手法としては、「ネオレアリズモ」と言われる、1940年代から1950年代末にかけてファシズムを倒して、共和国として生まれ変わった時期の芸術表現が。
素人俳優の採用やロケーション撮影によるドキュメンタリー的要素が強い画期的な手法で、テーマは社会的なものが多く、強いヒューマニズムで訴えています。
非常に分かりやすく、メインキャストは少人数ですが、原始的な動機を持つ主人公が、さまざまな出来事を体験しながらラストに持っていく吸引力があって、白黒映画ですが、そこまで古さを感じさせないのはすごい。
素人とは思えない役者さんの演技、子どもの動きや感情もリアルで(キャスティングは道で見つけた素人の子供とのこと)。
名作には学ぶべき表現がたくさん詰まっていますね。
PS:主人公が住んでいる家の作りが日本の団地によく似ていて、日本の団地の元祖はイタリアの建築デザインを取り入れているのかなーと個人的に思いました。
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