「48時間」(1982年 アメリカ)
痛快アクションにちりばめられた
アメリカ社会の構造。
今朝の1日1映画は「48時間」(1982年 アメリカ)を鑑賞。
野外労働中の囚人が、仲間の助けを得て脱走した。
犯人に相棒を殺された刑事ジャックは、彼らとつながりのある、服役中の黒人レジーに捜査協力を求める。
48時間の仮釈放という条件で、二人は凶悪犯の追跡に当たるが……。
ニック・ノルティ、エディ・マーフィの凸凹コンビによるやりとりが面白いアクション・コメディーです。
事件の展開やアクションは中くらいの規模で、大爆破な派手なものはないです。
その代わり、エディ・マーフィがよーしゃべるしゃべる!
熱血白人刑事とチャラっとした黒人囚人による漫才のような掛け合い。
会話劇の面白さが詰まっています。
面白い部分をクローズアップされがちですが、個人的には、ストーリー展開よりも、白人と黒人の差というのが物語の中にちりばめられていることに注目。
出て来るバーにしても白人が集うカントリーバー、黒人が集うポップスバーの差とか、白人と黒人で車に対する考え方が違うことであるとか、白人刑事の上司が黒人であるとか。
48時間だけ仮釈放されている時に発する黒人囚人のセリフに、黒人のアメリカ社会での現状や不満について皮肉っぽく代弁しているような部分があるんですよね。
先住民も出て来るし、舞台であるサンフランシスコは移民の受け入れをしてきた歴史からアジア人が多い街ということもあり、中華街で事件が展開するのも人種のるつぼだということを気づかされます。
面白さの裏にある、アメリカ社会の構造を気づかさせてくれる1本です。
↓予告編
↓U-NEXTで見ました。
↓アマゾンプライムビデオはこちら
↓ブルーレイはこちら